遠方の医療機関における治療関係費
横浜地裁 平成25年3月26日判決
自保ジャーナル1895号
現在、普通の被害者の方でも、医療機関についての情報を入手することが比較的容易になっています。そして、困難な治療にも取り組んでいる医療機関があると知ったとき、そこを受診したいと考えるのは当然のことです。ですが、それが遠方に所在する医療機関ですと、治療費のほか、交通費や宿泊費なども必要になってきます。保険会社はそれらを否認し、因果関係について争ってきます。
この件では、関東在住の被害者が山口県の医療機関を受診したのですが、その医療機関での治療費のほか、通院に要した交通費、入院雑費、付き添った親の付添費や宿泊費が問題となりました。ポイントは、その医療機関での治療が必要なものだったのか、それとも必要もないのに被害者が山口県まで行ったのかです。
裁判所は、次のことを理由に、山口県の医療機関での治療も必要な治療であったと判断し、治療費、通院に要した交通費、入院雑費、付き添った親の付添費や宿泊費(両親が付き添ったのですが、認められたのは1人分でした。)を、損害と認定しました。
- 被害者は事故による負傷のため肩から指先まで右腕が全く使えない状態になったが、手指の機能再建治療まで行っている医療機関は、被害者が探した限り、関東地方にはなく、山口県にしかなかった。
- 山口県の医療機関を受診する前に、その医療機関の院長にメールで問い合わせた。
- 山口県の医療機関で治療を受けた結果、肘が胸のところまで上がったり、指を少し動かせるようになったりするなど、ある程度の改善がみられた。
裁判所が山口県の医療機関での治療費等を認めた理由として挙げたのは上記の3点なのですが、治療中の被害者にとっては、実際に治療が奏功して症状が改善するかどうかはその医療機関を受診しないと分からないことです。実際に遠方の医療機関を受診するかどうかを決める際には、本当に近隣の地域には同様の治療を行っている医療機関がないのか調査すること、実際に受診する前には問合せを行うことは最低限必要であるということを、この裁判例は教えているといえそうです。
他の裁判例ですが、医師は入院の必要はないと判断したのに、被害者が入院を強く希望して転院したという事例や、転院前と転院後に行われた治療内容はほぼ同じだったという事例では、裁判所は、いずれも転院後の治療費の全部または一部を損害として認めませんでした。
私が過去に取り扱った事例では、九州の被害者が関東の医療機関を受診し、セカンドオピニオンを取得したというものがあります。その被害者の方は、事前に関東の医療機関にメールで相談をし、その回答を受けて画像データを送るなどの準備をしたうえで受診の予約をしておりました。こうした段階を経ずに突然遠方の医療機関を訪れると、損害として認められるのは容易ではなさそうです。
※上記記事は、本記事作成時点における法律・裁判例等に基づくものとなります。また、本記事の作成者の私見等を多分に含むものであり、内容の正確性を必ずしも保証するものではありませんので、ご了承ください。