被害者が政府(労災保険)に優先して自賠責保険の保険会社に損害賠償額の支払を求めることができるとした判例(東京高裁 平成28年12月22日判決)
東京高裁 平成28年12月22日判決
自保ジャーナル1992号
今回は、労災保険を先に受給し、その後自賠責保険に保険金を被害者請求した場合の処理について従来の実務とは異なり、被害者の請求権が優先すると判断をした判例をご紹介します。
被害者(男性 トラック乗務員)は、平成25年9月、普通貨物車を運転中に、中央線を越えてきた乗用車に正面衝突され、腱板断裂等の傷害を負いました。
加害者が任意保険未加入(自賠責保険のみ加入)であったため、被害者は労災保険を使って1年1カ月通院し、労災で後遺障害10級が認定されました。
被害者は、労災から、療養補償給付、休業補償給付、障害補償給付等をひととおり受領したあと、自賠責保険に対し被害者請求を行いました。
本件では、被害者は、被害者に発生した損害から既に支給を受けた部分を除いて、全額保険金を支払うべきだと主張しました。(被害者優先説)
保険会社は、労災で既に支給された部分を控除し、政府の請求分と被害者の請求分を按分して支払うと主張しました。(按分説)
裁判所は以下のとおり、判断して、被害者優先説を採用しました。
交通事故の被害者である労災保険受給者が、労災保険給付によっては加害者に対し賠償を求めることができる損害額の全てがてん補されていないにもかかわらず、同人の有する損害賠償請求権の一部を政府が取得したことによって、自賠責保険における現実の支払が受けられなくなることは、自賠法16条1項の趣旨に沿わないし、労災保険法12条の4の趣旨にも沿わない。
したがって、労災保険給付によって自賠責保険金額の損害のてん補を受けたとしても、加害者に対し賠償を求めることができる損害額の全てがてん補されていなければ、被害者が政府に優先して自賠責保険の保険会社に損害賠償額の支払を求めることができる
実際の従来の賠償実務の現場においては、労災保険による政府の請求と被害者請求が競合した場合に、自賠責保険は按分して支払うという対応がなされてきました。
例えば自賠責保険の傷害部分は120万円という上限がありますので、按分説によると被害者優先説を採用した場合より、被害者が被害者請求により受領する金額が少なくなります。
同判例が確定した場合(平成30年1月31日現在上告中)、実務に与える影響も大きいと思われ、今回、参考になる事例としてご紹介させていただきます。
(文責:弁護士 粟津 正博)
※上記記事は、本記事作成時点における法律・裁判例等に基づくものとなります。また、本記事の作成者の私見等を多分に含むものであり、内容の正確性を必ずしも保証するものではありませんので、ご了承ください。