2018/10/02 更新損益相殺

被害者が政府(労災保険)に優先して自賠責保険の保険会社に損害賠償額の支払を求めることができるとした判例(最高裁判所 平成30年9月27日 第一小法廷判決)

最高裁判所 平成30年9月27日 第一小法廷判決

今回は、労災保険を先に受給し、その後自賠責保険に保険金を被害者請求した場合の処理について従来の実務とは異なり、被害者の請求権が優先すると判断をした判例をご紹介します。

こちらの判決は、以前に注目の裁判例でご紹介した東京高裁の上告審になります。原審である東京高裁の判断につきましては、こちらをご参照ください。

改めてご紹介させていただくと、本件における事案は以下のとおりになります。

被害者は、平成25年9月8日、トラック運転手として中型下貨物自動車を運転中、前方不注視等によって中央線を越えてきた加害車両と正面衝突し、左肩腱板断裂等の傷害を負いました。

加害者が任意保険未加入(自賠責保険のみ加入)であったため、被害者は労災保険を使って1年1カ月通院し、その後翡刈肩関節の機能障害等の後遺障害が残り、労災保険で後遺障害10級が認定されました。

被害者は、労災から、療養補償給付、休業補償給付、障害補償給付等の給付を受けた後、なおも填補されていない損害額があったため、残りの損害について自賠責保険に対し被害者請求を行いました。

これまでの実務によると、労災から被害者に対して労災保険給付が行われた場合、給付額の限度で被害者の加害者に対する損害賠償請求権が政府に移ることになり、その結果、労災保険による政府の請求と被害者請求が競合し、その合計額が自賠責保険金額を上回る場合、政府と被害者は、その請求額に応じて自賠責保険金を按分して受け取ることになります。

しかし、本件において最高裁判所は、

自賠責保険の趣旨が「保険金で確実に損害の補填を受けられるようにし、被害者の保護をはかる」ものであること等を理由に、「被害者が労災保険給付を受けてもなお塡補されない損害について直接請求権を行使する場合は、…被害者の直接請求権の額と国に移転した直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超えるときであっても、被害者は国に優先して自賠責保険の保険会社から自賠責保険金額の限度で…損害賠償額の支払いを受けることができる」と判断しました。 すなわち、被害者の請求と政府の請求が競合した場合に被害者が優先的に保険金を受け取れないのは、自賠責保険の制度趣旨に沿わないものであり、政府の請求権によって被害者の請求権が妨げられるべきではないと判断したものになります。

最高裁判所がこのように判断したことによって、それまでの請求金額に応じて保険金を按分して支払うという保険会社の運用が変更されることになると考えられます。すなわち、自賠責保険会社は、傷害について120万円という限度額の範囲内で、労災の給付を受けた被害者が優先して保険金を受け取ることができるようになります。

今回の最高裁判決はこれまでの実務を覆す判断をした原審を確定させ、実務に大きな影響を与える重要な判断になることからご紹介させていただきました。

まだ判決が出たばかりですので実務がどのように変更されるかわかりませんが、今後の保険会社の運用にも注目していきたいです。

(文責:弁護士 加藤 貴紀

※上記記事は、本記事作成時点における法律・裁判例等に基づくものとなります。また、本記事の作成者の私見等を多分に含むものであり、内容の正確性を必ずしも保証するものではありませんので、ご了承ください。