2019/03/05 更新逸失利益

追突により後頸部痛及び左右耳鳴りで自賠責14級9号が認定された兼業主婦の逸失利益について22年間5%で認めた判例

さいたま地裁 平成30年4月24日判決

自保ジャーナル2029号

今回は、後頸部痛及び左右耳鳴りにより自賠責14級の後遺障害を残す、大学職員(兼業主婦)の逸失利益を労働能力喪失期間22年間、労働能力喪失率5%で認めた裁判例をご紹介します。  

被害者(女性、大学職員、兼業主婦)は、平成23年4月、乗用車を運転して信号待ちのため停車中に、乗用車に追突され、頸椎捻挫、腰椎捻挫、両側難聴等の傷害を負いました。

両耳難聴の逸失利益
その後、被害者は、1年半通院し、頸椎捻挫後の後頸部痛について14級9号、両側難聴後の左右耳鳴りについて14級相当、併合14級が自賠責により後遺障害として認定されました。

本件では、争点の1つとして、逸失利益が争われました。

原告は、特に難聴ないし左右耳鳴の症状について改善の兆しがない等と主張して、事故前年度の基礎収入を前提として、労働能力喪失期間22年(症状固定時の44歳から就労可能年限である67歳まで)、労働能力喪失率5%で算出すべきと主張しました。

被告は、難聴ないし左右耳鳴りの程度は軽微であるから、労働能力喪失をもたらすほどのものではなく、労働能力喪失期間を一定期間に限定すべきであると主張しました。

裁判所は以下のとおり、判断して、労働能力喪失期間を原告の主張のとおり22年と認定しました。

  1. 原告は、本件事故後、職場において、会話や電話の着信音の聞き逃しをたびたび指摘されるようになり、翌年度にはチーム長から降格になった。
  2. 原告は、平成25年8月頃、補聴器を代金46万円(消費税を除く)で購入して、その使用を継続しており、現在も難聴及びこれに伴う左右耳鳴に格別な軽快はみられていない。
  3. 労働能力喪失期間は、原告の難聴に伴う左右耳鳴につき、症状固定から相当な期間を経た現在でも格別の軽快はみられておらず、医師も残存の可能性が高いと診断していたことのほか、他の一般的な神経症状と同視して、将来の改善が見込まれるものとみるべき証拠ないし事情も見出し難いことを踏まえ、症状固定から就労可能年限までの22年間(ライプニッツ係数13.1630)と認める。

赤い本には、「むち打ち症の場合は、12級で10年程度、14級で5年程度に(労働能力喪失期間を)制限する例が多く見られる」と記載があります。
確かに実際の示談交渉や裁判例においても、むち打ち症による自賠責14級9号の神経症状の場合、後遺障害に基づく労働能力喪失期間を5年ないしそれ以下に制限する例が多いように思います。
もっとも、後遺障害はそもそも永残性を前提として認定されている手続ですので、安易に喪失期間を10年ないし5年とすることは慎重にすべきという見解もあります。例えば、症状固定後相当期間が経過しているのに改善の兆候がない場合にまで喪失期間を限定するのは妥当ではないと考えられます(平成19年赤い本下巻講演録81頁)。

本件では、むち打ち症以外に左右難聴が後遺障害として残存しており、この点の逸失利益をどう評価するかが争点の一つとなりました。

本件では、事故から5年以上が経過した時点においても、症状が残存していたことが決め手となり、本判決では長期間の労働能力喪失期間が認められました。
また、「難聴に伴い常時耳鳴のあることが合理的に説明できるもの」としての後遺障害(14級相当)については、むち打ち症と区別して「他の一般的な神経症状と同視して、将来の改善が見込まれるものとみるべき証拠ないし事情も見出し難い」と判示している部分も非常に参考になります。

通常の労務では耳を使ったコミュニケーションは必須ですし、耳鳴り・聴力低下は一定の労働能力喪失にもたらすものと考えられます。このような観点から考えれば就労可能年限まで労働能力低下を認めた本判決は妥当と言えるでしょう。耳鳴・聴力低下の後遺障害を残す事例で逸失利益を考える上で、今回、参考になる事例としてご紹介させていただきます。

なお、本件は紙面の関係で割愛しますが、事故前年度の現実収入約484万円を基礎収入として主婦としての休業損害が認められている珍しい判例でもあります。

(文責:弁護士 粟津 正博

※上記記事は、本記事作成時点における法律・裁判例等に基づくものとなります。また、本記事の作成者の私見等を多分に含むものであり、内容の正確性を必ずしも保証するものではありませんので、ご了承ください。