2020/04/01 更新その他

業務中に事故を起こし損害を賠償した従業員から会社に対する求償請求が認められた判例

最高裁 令和2年2月28日判決

交通事故のご相談の中には、相手の加害者が業務中であったというケースも一定数あります。
加害者が任意保険に加入していれば、保険会社が賠償責任を負担することになります。もっとも、加害者が無保険であった場合には、被害者は加害者に対して直接賠償請求をしなければなりません。そして、怪我の程度が重傷であった場合、加害者の資力だけでは、高額な治療費や慰謝料等を負担できない可能性もあります。

ここで、民法には被害者を広く保護するため、加害者が業務中であった場合などに勤務先の会社に対しても賠償請求を認める規定(民法715条1項)を置いています。これを、「使用者責任」といいます。
交通事故に関連して、いかなる場合に会社が責任を負うかについては以下の記事を併せてご参照ください。

「交通事故と企業リスク」(よつば総合法律事務所 千葉の弁護士による企業向け法律相談)

業務中の交通事故でトラック対自転車の場合
今回は、加害者である従業員が、被害者に対して賠償に応じた後に、会社に対して請求ができるかという点に関して、令和2年2月28日に出された最高裁判所の裁判例をご紹介します。

裁判の概要

今回の裁判の概要は以下のとおりです。

  • 平成22年にトラックを運転する従業員が、業務中、右折に際し自転車と衝突し被害者を死亡させた。
  • 被害者の遺族は従業員に対して、損害の賠償を求める裁判を起こし、従業員は合計約2,800万円を賠償金として支払った。
  • なお、従業員の所属する会社は、当該事故に対応できる任意保険等には加入していなかった。
  • 従業員は、会社に対して、被害者遺族に対して賠償金を支払ったことに伴い、会社に対して求償権を取得したなどとして金員の支払いを求めた。
  • 第1審の地裁判決では、会社も相応の責任を認めるべきだとして、会社に一定の責任を認めた。
  • 第2審の大阪高裁判決では、「民法715条1項の規定は、損害を被った第三者が被用者から損害賠償金を回収できないという事態に備え、使用者にも損害賠償義務を負わせることとしたものにすぎず、被用者の使用者に対する求償を認める根拠とはならない」などと判断して、従業員の請求を棄却した。
  • 従業員が、同判断に対して最高裁に上告。

最高裁の判断

最高裁は、次のように判断して、被用者の使用者に対する請求を認めました。

  • 民法715条1項が規定する使用者責任は、使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや、自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し、損害の公平な分担という見地から、その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものである。
  • このような使用者責任の趣旨からすれば、使用者は、その事業の執行により損害を被った第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず、被用者との関係においても、損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである。
  • また、使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対して求償することができると解すべきところ、上記の場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで、使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない。
  • 以上によれば、被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え、その損害を賠償した場合には、被用者は、上記諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、使用者に対して求償することができるものと解すべきである。

従来の問題

従来は、会社が被害者に対して賠償に応じた後に、従業員に対して請求ができるかという点が多く論じられ、事故を起こした従業員に故意や重大な過失がある場合を除いて、請求はできるもの具体的な事情に応じて制限すべきであると判断されてきました。例えば最高裁昭和51年7月8日判決は、結論として会社が被害者に対して賠償した金額のうち、4分の1を従業員の負担として、会社から従業員に対する請求を認めました。
交通事故の被害者の立場からすると、従業員個人よりも会社の方が資力が大きいため、会社から最初に賠償を受けることが多いという背景があるように思います。
なお、民放715条3項は、このような会社から従業員に対する求償権については明文をもって規定しています。

これに対して、上記とは逆に、従業員が被害者に対して賠償に応じた後に、会社に対して請求ができるかという「逆」求償の問題については、明文の規定はなく、最高裁は明確な判断を示しておらず、下級審でも判断が分かれている状況でした。(例えば、会社の責任を認めたものとしては、佐賀地裁平成27年9月11日判決などがあります。)

おわりに

今回、最高裁が逆求償について初めて判断をしたものとして裁判例をご紹介をさせていただきました。
最高裁は逆求償について肯定的な判断をしました。
また、三浦守裁判官の補足意見では、任意保険への加入を推奨する国土交通省の運送業に関する許可基準にも触れたうえで、「使用者が経営上の判断等により任意保険を締結することなく、自らの資金によって損害賠償を行うこととしながら、かえって、被用者にその負担をさせるということは相当でない」としており、会社の責任の根拠を会社の経営上の判断・自己責任に求めているようにも読めます。
今後も逆求償の問題に関する判例の蓄積がまたれます。

(文責:弁護士 粟津 正博

※上記記事は、本記事作成時点における法律・裁判例等に基づくものとなります。また、本記事の作成者の私見等を多分に含むものであり、内容の正確性を必ずしも保証するものではありませんので、ご了承ください。